2009年06月22日

社会文化的進化と考えの発展

社会文化的進化論者は、発展の過程を社会の進歩に導くということに同意する間、古典派の社交的な進化論者は、一方の血統進化の理論として知られている多くの異なった理論を展開した。社会文化的進化論は早い社会文化人類学と社会的な論評が普及している理論で、オーギュスト・コント、エドワード・バーネット・タイラー、ルイス・ヘンリー・モーガン、ベンジャミン・キッド(en:Benjamin_Kidd)、レオナルド・ホブハウス(en:Leonard Trelawny Hobhouse、ハーバート・スペンサーのような学者と結び付けられる。
テニス
セキュリティ
花火
仏教絵画
東北地方
壁画
日用品
セパタクロー
印刷
水球
アスペルガー症候群
学習塾
ベリーダンス
北陸地方
水彩画
恐竜
水墨画
両生類
ジオキャッシング
アニマルセラピー

社会文化的進化は、後に生物学の進化論によって影響を与えられた、科学的な線に沿った社会の考えを正式のものにしようとする試みである。もし、生命体が長い間で決定論の規範を認識できれば、社会も同様にそうすることができたことは合理的であると思われた。彼らは、人間の社会と生物学の生体の間の類似性を発展させ、適者生存によって社会学的な理論に変化させ、文明に凶暴性と野蛮な行為の段階を通して社会の進歩をもたらしている自然淘汰と遺伝 - 進化の要因、のような生物学の概念を導入したのである。進歩の考えと共に、人間の進歩が固定されている「段階」の概念を増やした社会進歩の考えが通常、3つに数えられる。 凶暴性、野蛮行為そして文明である。しかしそれより多い場合もあり、フランスの哲学者のコンドルセは10段階に区分した。それは、フランス革命から始まり、新時代で終わっている。人間の権利と人類の完全な先駆けとなるように定められてい為である。多くの執筆家が、同じくそれぞれの個人の成長段階で社会のこれらの段階の要約を認知した。奇妙な習慣は、初期の有用な実践に逆行すると仮定したと説明された。これは又、科学的な訓練としての人類学の始まりと旧式文化の伝統的な宗教的な光景からの脱却を特徴付ける事となった。

2009年06月05日

ヨーロッパ封建領主の没落

ヨーロッパにおける封建領主、とくに諸侯や騎士の没落は、徐々に進行したものではあるが、それにはいくつかの画期があった。

その第一は、11世紀末から13世紀後半にかけての十字軍の東征である。十字軍の資金調達の必要から教皇や皇帝、国王が徴税制度を発達させる一方、諸侯や騎士の武器や遠征費用は基本的には自弁であり、また、領地をしばしば留守にすることも余儀なくされた。遠征先の中近東でも皇帝、国王の指揮下に入った。これは、それまで確保していた諸侯、騎士の地位を下落させるものであった。また、これに前後して貨幣経済が進展し、封建領主は領主直営地を農民保有地にかえ、生産物や貨幣で地代を徴収するようになった。

第二は、14世紀から15世紀にかけての英仏間の百年戦争である。これは、現在のイギリスとフランスの国境線を画定した戦争であり、両国の国家体系や国民の帰属意識は、この戦争に先んじて存在していたというよりは、この長い戦争を通じてようやく形成されたといってよい[2]。その意味で英仏が中央集権的な国家となって生まれかわる一方で、諸侯、騎士の没落を促す戦争であった。
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この戦争ののち、イングランドでは「薔薇戦争」が起こって諸侯はさらに疲弊し没落する一方で、王権は著しく強化されテューダー朝による絶対君主制への道が開かれた。フランスでも、こののち宗教対立による内乱(ユグノー戦争)が発生したが、祖国が統一されたことで王権が伸張し、のちのブルボン朝による絶対君主制の基盤となった。

14世紀以降の戦乱の続発とともに、ペスト(黒死病)の流行もあって、当該期のヨーロッパの人口は減少したため、農民の地位は相対的に向上した。農民保有地の広がりもあいまって、農奴身分から解放された独立自営農民もあらわれはじめた。

第三には、上述した火器の使用があげられる。火縄銃のはじまりは15世紀末のヨーロッパで開発されたものと考えられるが、これは従来の戦法や戦争の様相を一変させてしまった。16世紀以降の戦争、なかでもドイツがその主たる戦場となった三十年戦争においてはアルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタインのような戦争請負人が傭兵を集めて戦った。もはや、戦士としての騎士は必要とされなくなったのである。

第四は、大航海時代以降の世界の一体化にともなうアメリカ銀の西ヨーロッパへの大量流入による急激な物価上昇(価格革命)である。これにより、16世紀の西ヨーロッパは好況に沸き、商工業のいっそうの発展がもたらされたが、反面、固定した地代収入に依存する諸侯・騎士などの封建領主層はいっそう没落した。これに対し、東ヨーロッパでは、西欧の拡大する穀物需要に応えるために、かえって農奴制が強化され農場領主制と呼ばれる経営形態が進展した。

2009年05月01日

亀姫 (宝珠院)

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宝珠院(ほうしゅいん、元和3年4月3日(1617年5月7日) - 延宝9年1月17日(1681年3月7日))は、高松宮好仁親王の妃。松平忠直の娘。母は徳川秀忠の三女・勝姫。後に秀忠の養女となる。名は亀姫、寧子。母を同じくする妹鶴姫は徳川家光の養女として九条道房に嫁いでいる。

寛永7年(1630年)、徳川秀忠の養女として高松宮(有栖川宮)初代である高松宮好仁親王の妃として嫁ぎ、明子女王(後西天皇女御)・女二宮の二女をもうけた。

延宝9年(1681年)、65歳で死去。越後高田の長恩寺に葬られる。法名は宝珠院光誉寥郭冲意大姉。

2009年04月17日

女系 (じょけい)

女系 (じょけい)とは、血統の根拠を女親(母方)の血統に求めること、また求めた者を指す。反対語は男系(だんけい)。なお、生物学的な分野においては母系を使い、古代に多かった女系優先の社会は母系制という。

女系継承 [編集]

ヨーロッパ [編集]
ヨーロッパの王侯貴族では血統を重視したため女系継承は比較的良く行われた。キリスト教の影響により[要出典]嫡子にしか相続権がなかったため、当主に男子の跡継ぎがいないことが多かったためでもある。

中世においては当主に男子がいない場合、女子が夫を迎えて共同で相続する(これは日本の婿養子と似ているが、子孫は夫の家名を名乗る点で異なっている)ことが普通に行われており、この仕組みによりアンジュー帝国・ハプスブルク帝国・ブルゴーニュ公国・スペイン王国などが形成された。ヨーロッパの王朝交替は多くが女系継承によるものである。しかしこの場合、傍系の男子との継承争いが起こることも多く、また女系を考慮すると相続順位が複雑になるため混乱が生じることもあった。

フランク王国の古法である『サリカ法典』は女性が当主となることを認めていなかったものの、夫が王位・爵位を継承することで実質的に意味を無くしていた。

しかし14世紀のフランス王国でルイ10世に男子の跡継ぎがなく、唯一の女子ジャンヌが王妃の不倫により王家の血を引いていないのではないかという疑惑が有ったため、サリカ法典を理由にルイ10世の弟フィリップ5世が王位を継承した。さらにジャンヌの系統やプランタジネット家に王位が渡ることを避けるために、サリカ法典を拡大解釈し、女王のみならず女系の王位継承をも禁止した王位継承法を制定した。この王位継承法と継承制度も現在では一般的にサリカ法と呼び、近世にはプロイセン王国・近代のドイツ帝国・イタリア王国が、男系継承のみの王位継承法を採用している。また、その他のドイツ系の国々では準サリカ法と呼ばれる「男系の継承者が全て絶えた場合のみ女系に回る」継承法を採用する場合が多かった。

現代の立憲君主制においては女性君主を避ける必要も少なくなったため、イギリス・オランダ・デンマークなど、女系のみならず女王も多く存在している。

その他 [編集]
中華文明圏においては、宗族の概念があるため男系継承が主流だった。

日本では、実質的な女系継承として婿養子、入婿の制度があったが、これも論理的には養子関係を結ぶことにより息子として継承するという形式を取っている。また、女系の親族が養子となって継承することもあった。

日本での天皇の皇位継承においては、女性天皇はいたが女系天皇はおらず、全て男系である。また皇室典範においては「男系の男子」に皇位継承を限定している。

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2009年04月02日

陰陽師の待遇の変遷

一般的に各省で方技(技官)がおしなべて位階を低めに設定されていた中で、陰陽寮の方技の官位は低目とはいっても各省管轄下の方技に比較すれば高めに設定されていた。ただ、陰陽寮が中務省の小寮であったため、当然ながら行政官である四等官の官位は本省のそれに比べて低めとなっており、後の平安中期で言う、昇殿して天皇に奏上できる仙籍と呼ばれるいわゆる殿上人(てんじょうびと)は従五位下格の陰陽頭のみであり、その他はすべて、後に昇殿を許されない地下人(じげにん、しもびと)あった。
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律令制定当初は、方技である各博士や陰陽師には、もっぱら先進各国から来日した渡来人の学僧が任命されていたが、修習生である天文生・陰陽生・暦生には俗人(出家していない人・在家)の人材が登用された。これは、僧籍に属する学僧を俗世間の政権である朝廷に出仕させて自由に使役することは僧籍者に対する待遇上不可能であり、かつ僧籍にある者に対して還俗(げんぞく)(僧籍を脱して俗人に戻ること)を能動的に強要するには勅令をもってしか考えられず、このような勅令を乱発することもはばかられることから、俗人官僚に陰陽諸学を習得させ、朝廷において自由な出仕・使役が可能な人材を育成しようとの目的によるものである。

当初は四等官(行政官)と方技(技官)は厳密に区別して任命されていたほか、7世紀後半まで、技官である各博士ないし陰陽師に任命された学僧が就任する際には勅令によって還俗していた。ただ、次第にこの運用はあいまいになり、学僧が還俗しないまま方技に任命され、四等官上位職(特に頭・助)に転任または兼任を命じられて、行政官としても実働することも見られるようになっている。ただ、基本的には還俗しない学僧方技の位階を上げる場合には、律令制度の基本である「官位相当」の原則によって方技の職制のままでは位階を上げることができないため、「権職(ごんのしょく)」(員外配置)によって四等官上位職を兼務させることで位階を上げる方法がとられた。また、修習生の育成が進むと、俗人官僚の方技が増え更に自由な人事交流がなされるようになった。いずれにしても、陰陽寮における技官の行政官への転任や兼任は非常に多く、長官である陰陽頭も技官出身者や技官による兼務が数多く見られ、奈良時代から平安時代初期を通じて技術系の官庁としての色彩を強めた。

しかし、838年(承和5年)を最後に遣唐使が廃れた(894年(寛平6年)を最終回の遣唐使とする説もあるが、この回は大使・菅原道真が中止を勧上して実際には行われなかったとする説が有力)ことにより、大陸本土の唐から優秀な渡来人を招聘する機会が失われた(朝鮮半島の統一新羅とはかつての百済ほどの親密性はなかった)。わずか30名の修習生にしぼって閉鎖的に方技(技官)の育成を続けた結果、9世紀の平安時代初期には、次第に陰陽寮の技官人材が乏しくなったと見られたことや、公家の勢力争いの激化にともなうポスト不足もあいまって、陰陽寮で唯一の仙籍(殿上人)相当職制である陰陽頭は、各博士などの技官からの登用ではなく、単に公家の一ポストとして利用されることが多くなり、それも長官職としては従五位下という仙籍格としては末席の地位であったことから、比較的境遇の悪い傍流の公家に対する処遇ポスト化する傾向を見せた。この時代から特に員外配置が多く見られ常設化するようになったが、これはもはや僧籍者への配慮の一環としてではなく、単なる公家へのポスト充足を主目的とするものであった。

後に10世紀に入って、後述の賀茂氏と安倍氏の2家による独占世襲が見られるようになると、陰陽頭以下、陰陽寮の上位職はこの両家の出身者がほぼ独占するようになった。また、両家の行う陰陽諸道は本来の官制職掌を越えて宗教化し、これが朝廷中枢に重用されたため、賀茂氏と安倍氏は、その実態がもっぱら陰陽諸道を執り行う者であるにもかかわらず、律令においては従五位下が最高位であると定める陰陽寮職掌を越えて、他のより上位の官職に任命され従四位下格にまで昇進するようになった。特に安倍氏は後の11世紀には従四位上格にまで取り立てられるようになり、12世紀の室町時代には、将軍足利義満の庇護を足がかりに常に公卿(三位以上)に任ぜられる堂上家(半家)の家格にまでなり土御門家を名乗るようになったほか、その土御門家は、室町時代後期から戦国時代には一時衰退したものの、近世において江戸幕府から全国の陰陽師の差配権を与えられるなど、明治時代初頭まで隆盛を誇った。

2009年03月19日

クケナン山

北緯5度20分、西経60度58分にある。標高、2,680mである。サバンナの真中に、1,000m近く切り立った壁は、遠くから見ると陸に浮かぶ軍艦にも形容される。各大陸のプレートテクトロニクス活動で、ギアナ高地付近は移動の回転軸にあたると考えられている。このため火山噴火や地震などの地質学的な変化の影響をほとんどうけず、ゴンドワナ大陸の頃の地球上では最古の岩盤がそのまま残っていると言われている。

また、落差世界第4位のクケナン滝(610m)もこのテプイから流れ落ちている。
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気候 [編集]
カリブ海からの湿った空気が常に入り込んでくる。このため、常に湿度が高く、頂上の気候は目まぐるしく変化する。大雨が降ったり、晴れたと思うとすぐに濃い霧がでたりと、同じ天候が10分と持たない。

生態系 [編集]
大量に降る雨により、土砂はほとんど流されてしまう。このため土壌から栄養分を取れないためか、食虫植物が数多く自生している。また、泳ぐこともはねることもできないカエルの一種のオリオフリネラが数多く生息している。このオリオフリネラは、隣のロライマ山とクケナン山にしか生息していない。このため、2つの山は昔は一つではなかったかと推測されている。

登山 [編集]
ロライマ山と異なり、本格的なロッククライミングの技術が無いと登頂不可能である。また雨季になると、クケナン山から流れ落ちるクケナン川が増水し、近づくことも難しくなる。

1980年代に、ナショナル・ジオグラッフィックが大規模な登山隊を派遣。山頂の調査を行っている。

2009年03月03日

THE KING OF FIGHTERS XI

2005年稼動。ATOMISWAVEで発売された正規のKOFシリーズ。アッシュ編第2章。SNKネオジオを吸収合併したSNKプレイモア単独による開発・販売となる。前編より一年以上開いたため、タイトルの年号が廃止される。前作『2003』のシステムを正統進化させたものを採用。『2003』よりも操作性やゲームバランスは格段に改善された。
イラストはヒロアキが担当。ゲーム中のデモグラフィックなどはノナが担当。
タイムアップ時による判定が、攻撃を当てることでバランスが傾く「ジャッジメントインジケーター」に変化し、体力に依存するものではなくなった。なお、この作品がアトミスウェイブでの最後のKOFとなった。
PS2版の家庭用ではシステム面やキャラクターを調整した「アレンジモード」、『ネオジオバトルコロシアム』からの家庭用追加キャラクター、オリジナルアレンジBGMなどが追加されている。
アトミスウェイブ版はROMカセットを採用しているにもかかわらず、試合開始までの読み込み時間がメディアがDVD-ROMであるPS2版よりも長い。これはアトミスウェイブ基板の、「処理中のロードが非常に困難」という特殊な構成によるもの。

THE KING OF FIGHTERS XII
2009年4月稼動予定。本作では「KOF RE-BIRTH」を謳っており、新システム基板「Taito Type X2」での稼動に伴い、グラフィックを全てHDで新規に描き下ろしている。
キャラクターアニメーションはセル画ではなくドット絵で作成。3Dモデルを作成し、それをドット絵に落とし込むという作業を経ており、その作業量の膨大さは開発側から苦労話として何度も飛び出している。枚数自体は従来KOFとさほど変化はないが、中割りを再考するなどして滑らかに動くアニメーションを実現している。
グラフィック監督は『2001』『2002』で公式イラストを担当したノナで、彼の持つ力強い画風や色使いがゲーム全体にも色濃く反映されている。公式イラストは『ネオジオバトルコロシアム』のおぐらえいすけ。
本作ではマルチシフト制を廃止し通常の3on3制に回帰した。また新システムとして、クリティカルカウンターゲージMAX時に相手の攻撃を近距離強攻撃で潰す(カウンターを取る)と一定時間オリジナルコンボを決められる「クリティカルカウンター」、強攻撃・必殺技・超必殺技のいずれかが(空中で)ぶつかり合った時に発生し互いの攻撃効果を撃ち消す「相殺」、発動させるとガードエフェクトが発生しその最中に相手の攻撃を受けると相手の攻撃を無効化して反撃する「ガードアタック」など3つのシステムが導入された。
当初は本作について「アッシュ編三部作完結」との記述があったが、開発スタッフの度重なる離脱や人員不足による遅滞の代償として、嬉野秋彦監修による各キャラごとにバックストーリーがあるのみで「本作はゲームストーリー展開は無し」という帰結点がとられた。そのためか、本作にはKOF MAXIMUM IMPACT REGULATION "A"と同様に特定の固定チームが存在しない。
またエリザベート・ブラントルシュはイラストのみ公開されていたが、使用キャラクター枠の中には入っておらず、事実上の不参加となっている。

ワンド エリア ショール 二十世紀 スタス テーブ アニマロジ マクロレ オイスタ ライスワン キック フィー カウツギ バンダナ ディージ オクラ テランセラ タヒボ リーフ 夜汽車 カウチ ふたり星 ユリ最適 時空ド ミリタリー サギソウ トライプ ドーベ メリル プレタク チューブ カムカエ ラッター ソーサー ラクト バック 朝日が昇る ジプサム フェロモア ション デュアル ウォマ フラッシュ ルコア サイホン シンク タイガ デキャンタ ディスコン テーピング
THE KING OF FIGHTERS NEOWAVE
2004年稼動。シリーズ初のATOMISWAVE作。開発はナンバリングタイトルとは異なり、ノイズファクトリーが担当。厳密にはリメイクではないが内容は『2002』を作り直したマイナーアップバージョンのようなものであり、本シリーズには含まれない。3種類のモードを選択可能。A - Eの5ボタン。Eは、体力を徐々に減少させる代わりに体力が1/4以下になるか、相手の攻撃を受けるまで攻撃力を2割ほどアップさせるヒートモードを発動するためのボタンである。同ハード共通カード使用による特典あり。
操作モードを必殺技を必殺技でキャンセルできる「スーパーキャンセル」、専用攻撃で相手のガードを崩す「ガードブレイク」、MAX2が使用できる「MAX2」から選択できる。一部のモードではガードキャンセルふっとばしが使えないなどの変化はあるが、基本的なシステムは変わらない。
ATOMISWAVEでは『XI』に、ネオジオでは『2002』に取って代わられる形となり、現在では稼働している姿を見ることも希である。また本作のボスは、かつて『'96』でボスチームとして登場したギース・ハワードが『龍虎の拳2』に登場した頃の姿で務めている。もともと年代差を無視した作品とは言え、一度は中年の姿で登場したキャラクターが若返って再登場した事は話題を呼んだ。

2009年02月12日

いつか、届く、あの空に。

本作の舞台となる空明市(こうめいし)では、夜になると街の空が雲に覆われてしまうため、一年中星空を見ることができない。そのため、星空を見たいという人々の願いを叶えるために100年に一度天文委員会と呼ばれる組織が結成される。

雲を払う巫女のような存在である天文委員は空明市にある弐壱学園(にいつがくえん)の女生徒から選出されており、黄道十二星座にちなんで総勢12人から構成される。各天文委員は自分の誕生星座の期間内にさまざまな方法で雲払いを行い、照陽菜(てりびな)と呼ばれる行事を成功させることを目指している。しかし照陽菜は今までに一度も成功例が無く、それはいわば空明市民にとって祭のようなものとなっている。
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なお、全12人の天文委員のうち、本作のヒロインとして登場するのはおひつじ座(3月21日~4月19日)、おうし座(4月20日~5月20日)、ふたご座(5月21日~6月21日)、かに座(6月22日~7月22日)、しし座(7月23日~8月22日)、おとめ座(8月23日~9月22日)の委員である6人のみであり、さらにその中で攻略可能なのは3人(プレイステーション2版では4人)のみ。

あらすじ
古くから良家として栄えてきた「巽」の家の生まれである少年「策」。ある日彼は厳格な祖父から、自分の好きなように生きてゆけと告げられる。それは自分が巽家の者として認められていないことを意味していた。その後策は巽家の中から誰か一人が、祖先の住んでいた屋敷のあるという街「空明市」に行かなければならないことを知る。

自分よりも才能に恵まれた父や兄に引け目を感じていた策は、実家から逃げる一心でろくに事情も確かめぬままその話に乗った。空明市にやってきた策が出会ったのは、自らの結婚相手だと名乗る「弐壱学園天文委員会」の少女「唯井ふたみ」。彼女との出会いが策の未来を思わぬ方向へ導いてゆくこととなる。

伏線表現
物語中の題材として、宗教関係の要素を組み合わせ、内容を興味深いものにしている。主に、神話の一つである北欧神話(ちなみに、神・ワルキューレが使われている)を最初に、十二支・八卦(乾等)・神道等の言い伝え、伝説等を巧みに利用している。また、これらの要素をより一層「濃く」するため魔術・鬼等も物語中に登場する。

登場人物
主人公
巽 策(たつみ さく) (声 - ドラマCDのみ中村俊洋)
本編の主人公。空明市にやってきた少年。芸術で財を成した巽家で自分だけが何も芸術の才能がなく、尊敬している祖父から好きに生きろといわれたことで、巽のものとして失格だと思い込み、巽家の誰かが空明市に行かなければならないという発言で、巽家から離れられるからという理由で内容を確認せず志願した。現在は祖先の屋敷で生活しながら弐壱学園に通っている。
性格は真面目で穏やかな人物。だが、いざという時の決断力があり、状況判断もよくできている。家事に関しては絶望的で、一人のときはカップラーメンのみで凌ごうとした。前述のとおり、芸術の才能がないため、自分のことを巽家の落ちこぼれだと思っており、名乗るときも極力名字ではなく名前を名乗っている。また、「策」という名を持つために「策士」というあだ名で呼ばれたことがあり、そのことにもまたコンプレックスを持つ。
自分の親族である少女「ふたみ」に出迎えられ、以後彼女とともに生活している。そして、彼女の要望により、この町で初となる双子(ふたご)座の天文委員となる。なお、偶然ながらふたみと同じ誕生日(5月26日)となる。
彼も例外なく、巽の者としての異能『解対』を持っている。彼の場合は『武器』に作用し、人を傷つけるために生み出された道具であれば、刀剣から近代兵器まであらゆる武器・兵器を意のままに操ることができる。また、逸話や伝説の残る武器を手にすることで、その武器が持つ伝説をそのまま『現実』のものとして利用することも可能。作中では、離れた場所にいた赤ん坊を斬った包丁を刀に打ち直した『北谷菜切』、雷を切ったと言われる日本刀『雷切』、北欧神話の主神・オーディンの持っていた槍『グングニル』を『解対』し、その秘められた力を利用している。ただし、愛々々曰く、策の真の『解対』は武器ではないらしい。今まで彼が『解対』を発動させることができなかったのは、力に気付くきっかけとなる『本物の武器』に触れる機会が全くなかったため。

メインヒロイン
唯井 ふたみ(いい ふたみ) (声 - 遠井実瑠)
双子(ふたご)座の天文委員。
自分のことを策の「ヨメ」だと言って、結婚前提で策の屋敷にやってきた少女。策とは親戚になり、策の生活費などは彼女の実家が負担している。天文委員だが、ふたご座の天文委員は二人なのに対して彼女一人だったため半欠と言われていたが、策が来てからは彼を天文委員に引き入れて、二人でふたご座の天文委員となる。
無表情で言葉遣いがやや乱暴だが、とても思いやりのある性格。彼女が言葉を選んで発言するが、悪気がないのに相手に対して毒舌を吐いてしまうことがある。また、彼女がいい話をしようとすると、なぜか相手を怖がらせるような内容となり、それにより相手を自殺寸前に追い込むこともしばしば。
家事全般を得意としており、巽家の家事は全部彼女がやっている。逆に彼女の手伝いをすると、嫁の務めだと言い切り断っている。普段家にいるときはメイド服、外に出るときは必ず学校の制服を着ている。また、どんな時でも、長い箒を手に持ち歩いている。策とは学校の席は隣同士。また、授業を受けるときは眼鏡をしている。策の事を「ご主人さま」と「お兄ちゃん」の間を取って、「お主人ちゃん」という奇怪な名前で呼んでいる。
過去に策がこの地へ来た時に彼女と一緒に遊んだ記憶があったが、本人は策の兄である刻と遊んだことがあるが、策とは面識がないと言っている。
桜守姫 此芽(おうすき このめ) (声 - 風華)
乙女(おとめ)座の天文委員。
空明市にある名門「桜守姫家」の息女。まるで日本の昔話に登場するお姫様が着ているような優雅な和服を身に纏い、言葉遣いや立ち振る舞いも気品に富んでいるため、周囲から多大な尊敬と羨望を受ける。そのため、いまだかつて一度も成功したことのない「照陽菜」も彼女になら実現可能と期待されている。
同じクラスである「のん」からは「お姉様」と慕われており、ファンも多い。ふたみは彼女と友達だと言っているが、会うとすぐに口論となっている(もっとも、ふたみはそれを口論と思っていない)。策と初めて会ったときにひどく動揺し、以来なぜか彼から嫌われるように努めている。しかし、もともと他人を傷つけることのできない性格であるため、空回りするばかりである。また、意外にも料理が下手。
桜守姫の魔術師だったが、現在力を失っている。幼い頃、一度空明市に来た策と出会っており、策がふたみと遊んだ記憶は実は彼女との記憶である。だが、死に掛けた策を助けるために『結婚式』という魔術を使う。『結婚式』の使用中に他の魔術を使うことはできなかったため、此芽は全ての力を失う結果となった。また、彼女は策に自分のことを思い出さないように、記憶の代える魔術を使い、策の中にある自分の記憶を消している。彼女が魔術師として持つ御名は『Zauber Walküre』。あらゆる御名を内包し、自由に取り出して使用することができる。さらに、彼女自身も魔術師として抜きん出た才能を持っており、時間をかけて魔術を作るという概念を持たず、その場で使いたい魔術を一瞬で構築してしまう力を持つ。みどのとの戦いでは『斧の時代』同士の真っ向勝負をして、みどのが斧の専門であり、此芽自身に何年ものブランクがあるにも関わらず、みどのより一桁多い圧倒的数量の斧を出現させた。
明日宿 傘(あすく さん) (声 - 北都南)
獅子(しし)座の天文委員。
神出鬼没に現れる策と一歳年上の先輩。ふたみや愛々々にも慕われており、策からは「傘姉」と呼ばれている。その後、策の家に滞在している。
おっとりとした性格で周囲を自然に和ませる雰囲気を持っており、策の家ではお姉さんのような存在となっている。その一方で人間離れした食欲を有し、食べるものが一瞬でなくなり、食べる量も多い。また、いつも赤い和傘を手にしており、その中からはドラえもんの四次元ポケットのようにいろいろなものが出現するなど謎が多い。誕生日はセリフから8月8日とのこと。
それまでのルートではその片鱗すら見せなかったが、彼女のルートでは『明日宿家の当主』としての本性が明らかになる。たった七つの頃に歴代最強と言われた元当主の父を倒し、当主の座を継いだ。その実力は凄まじく、雲戌亥家最強の術者である静を、会話のついでのように殺してしまうほどのもの。恐らく、今作最強の武力の持ち主。ただし、「おまけしなりお」にて、全力の此芽と戦うとどちらが勝つかはわからない、ということを漏らしている。

サブヒロイン
未寅 愛々々(みとら めめめ) (声 - 中瀬ひな)
牡羊(おひつじ)座の天文委員。
空明市にある幻想的な地「空明の里」の管理者の娘。ふたみの親戚であり、ふたみのことを「おねーさま」と呼んで慕っている。逆に手を出す者が現れると、魔人のように恐ろしくなる「魔人モード」に移行する。策のことも初めは嫌っていたがすぐに和解し、策ならふたみを任せてもいいと考えている。現在は策の家に滞在している。
ツインテールがトレードマークで、いつも元気なムードメーカー。尻尾のようなものがついている。自分のことを愛(あい)と呼び、周りからはメメと呼ばれている。ふたみからは「め」が三つあることから「メ×メ」の語呂あわせで妾(めかけ)と呼ばれている。可愛らしい外見に似合わず弐壱学園一の強さを持つ武闘派で、策と喧嘩した時も一方的だった。見た目とは裏腹に策とは同じ歳で、策の後ろの席にいる。此芽のことは快く思っていないらしい。彼女も天文委員として「照陽菜」を行っているが、すでに失敗している。
PS2版では彼女がメインヒロインとして昇格した。
透舞 のん(とおりまい のん) (声 - 安玖深音)
牡牛(おうし)座の天文委員。
此芽の妹である「みどの」の親友。短気で気が強く、トラブルメーカーであるが頭の回転は速い。此芽のことを「お姉様」と呼んで慕っており、普段から此芽の言葉遣いなどを真似している。逆に此芽と言い争っているふたみと張り合うことが多く、すぐに口喧嘩となる(もっとも、ふたみは口論だと気づいていない)。だが、ふたみが落ち込んだりしたときに励ましたりと仲が悪いわけではない。此芽の取り巻きのようであることから、ふたみからは「トリマキ」と呼ばれ、また、牡牛座であることから愛々々からは「ウシ」と呼ばれている。
策が引っ越してきた時期が彼女の「照陽菜」の番なので、現在準備をしている。
桜守姫 みどの(おうすき みどの) (声 - 韮井叶)
蟹(かに)座の天文委員。
此芽の妹。策とは一歳年下になる。影が薄く、引っ込み思案な性格で今にも消え入りそうな声で話す。普段は親友であるのんの陰に隠れてしまうことが多く、いつも正々堂々と話す彼女のことをうらやましく思っている。姉である此芽のことが好きなのだがつい他人行儀な態度をとってしまいがち。
桜守姫の魔術師であり、今代の『A(アルヴィス)』を最年少で担う。此芽曰く、その年齢で彼女ほど多くの魔術を扱える魔術師は過去にもほとんど例がなく、非常に優秀であるとのこと。『斧の時代(スケッギョルド)』の御名を持ち、空中から斧を出現させて投げる、斧と斧を打ち合わせて火を起こすなどの魔術を使う。
普段のおどおどした態度からは想像が付かないほど、裏では傲慢で残忍な性格をしており、一切の魔術を使えない此芽を見下して嫌がらせを行っていた。だが、心の奥底では強かった此芽が一切魔術を使えなくなったショックと、魔術を使うことを拒否することの怒りによる態度で、けして此芽を本気で嫌っているわけではない。此芽ルートでは力を取り戻した此芽と戦い、完膚無きまでに打ちのめされた。その後、和解。

その他
唯井 静(いい しずか) (声 - 水鏡)
ふたみの祖母にして唯井家の現当主。温厚にしておちゃめな人柄で、ふたみの冗談にもよく付き合う。
午卯 茂一(ごぼう もいち) (声 - 犬野忠輔)
唯井家に仕えている男性。スキンヘッドとサングラスが特徴だが、本人は頭髪がないことで悩んでいる。真面目で厳格な性格。
ドラマCD内で唯井家の蔵より発見したランプの精に「今すぐ艶やかな黒髪で覆ってみせよ」と願い美しい長髪を得たものの、「自毛で」とは願わなかったため最終的に髪は新天地を求め旅立っていってしまった。
申子 菊乃丸(しんし きくのまる) (声 - 間寺司)
茂一同様、唯井家に仕える金髪の青年。片目に眼帯をしている。茂一とは逆に軽薄で飄々としている。茂一が気にしている頭髪の事で悪口を言っては衝突し、ふたみからはいつもの事だと言われている。
魔族(まぞく) (声 - 山田悠)
策達の通う弐壱学園で家庭科を教える男性教師で、策の担任。裁縫を得意とする。鍛え上げられた筋肉と鬼のような人相から生徒達から「魔族」と呼ばれている。実際に熊をデコピンで倒した逸話もある。
明日宿家の元当主であり、傘の実父。傘が7歳のときに当主の戦いに敗れ、傘に明日宿家の当主の座を明け渡した。
御前(ごぜん) (声 - 大花どん)
策の前に度々現れては不可解な事を言ってはいつの間にか去っていく青い髪の少年。策によると自分の兄と雰囲気が似ている。
その正体は桜守姫の崇拝対象となる人物。
巽 白(たつみ はく)
直接作中には登場しないが、策の祖父。小説家としての成功者であり、巽家の中で孤立しがちだった策に対してもよくしていた人物らしい。彼が空明市に残した手帳が、あるひとつの疑問を氷解させる。
文字、もしくは文章の『解対』を持ち、空明市にかけられていた有識結界に使われた言霊を見抜いていた。それをメモしていたのが策の拾った手帳である。策が空明市に来る前、彼は策の空明市行きに反対だったらしい。策はそれを『落ちこぼれにそのような役を任せるのは信用がないのか』という風に思っていたようだが、実際はかつて『餌の呪い』から逃れた策のことを心から喜び、そしてまたその地に行くことを心から心配したからだったようだ。

2009年01月26日

ジャック・オッフェンバック

ジャック・オッフェンバック(Jacques Offenbach, 1819年6月20日-1880年10月4日)は、ドイツ生まれでフランスで活躍(後に帰化)した作曲家/チェロ演奏者/オペレッタ作曲家である。ジャック・オッフェンバックは父親の出身地(ドイツ・フランクフルト近郊のオッフェンバッハ・アム・マイン)からとったペンネームで、本名はヤーコプ・レヴィ・エーベルスト(Jakob Levy Eberst)。オペレッタの原型を作ったともいわれ、音楽と喜劇との融合を果たした作曲家である。なお、ドイツ語読みでオッフェンバッハと呼ばれることもある。

ジャック・オッフェンバックは、1819年にケルンに生まれる。1833年に、チェロの勉強をしに、フランスのパリへ。演奏の傍ら、作曲活動を続け、1850年にテアトル・フランセの指揮者になる。後の1855年には自らブフ・パリジャンという劇場を作成。いくつものオペレッタを上演、人気を博す。1880年に没するまでに幾度もの演奏が行われた。爆発的な人気と反比例するかのように、痛烈な風刺、退廃的な快楽主義は知識人からの批判も多かった。エミール・ゾラは「オペレッタとは、邪悪な獣のように駆逐されるべき存在」とまで書いているが、今日では第三帝政期フランスを代表する文化のひとつとして歴史的評価も作品的評価も高い。

晩年はフランスでは一時の人気を失い、オペラ「ホフマン物語」に新生を賭けていた。死後には、各作品は彼自身が監修したウィーン版に源を発するドイツ語上演がフランスに代わって主流を占める(有名なオペレッタ「天国と地獄」序曲はウィーン版のためのオリジナルである)。特に戦後は東ベルリンでのフェルゼンシュタイン演出による「青ひげ」や「ホフマン物語」が歴史的な成功を収めた。近年は、ミンコフスキらによるオーセンティックなフランス語上演も急速に盛り返し、もともと上演の盛んだったドイツ圏とあわせ活況を呈している。生地のケルン歌劇場も、2006年に人気バリトン歌手ヴァイクルを演出に招いて「天国と地獄」を新制作したが、残念ながら不評で途中打ち切りとなった。目下はフランスのリヨン歌劇場などが上演に意欲的である。

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オペレッタ
オペラ・ブッフ「地獄のオルフェ(天国と地獄)」(1858年)
「ダフニスとクロエ」(1860年)
オペラ・ブッフ「美しきエレーヌ」(1864年)
オペラ・ブッフ「青ひげ」(1866年)
オペラ・ブッフ「パリの生活(ラ・ヴィー・パリジェンヌ)」(1866年) - 主要作では数少ない、現代(当時の)パリを舞台にした洒脱な恋愛コメディ。劇中のスウェーデン人に仮託してドイツ人が風刺されており、自身「パリのドイツ人」であったオッフェンバックならではの自虐ギャグとなっている。そのためか、なぜか一貫してドイツで上演人気が高い。オッフェンバックは「ジェロルスティン大公妃殿下」(ブン大将)」でもプロイセン軍国主義をなで斬りにしている。
オペラ・コミック「ロビンソン・クルーソ」(1867年)
オペラ・ブッフ「ラ・ペリコール」(1868年)
童話オペラ「月世界旅行」(1875年)
オペラ・コミーク「鼓手長の娘」(1879年)
「トトの城」
「羊飼い」
「フォルトゥニオ」
「ブラバンドのジュヌヴィエーヴ」
「小さなりんご(ポムダピ)」
「ジェロルスティン大公妃殿下」(ブン大将)」
「盗賊」
「可愛い香水屋」
「ため息橋」
「西インド諸島の女」
「10時間の外出」
「二人の漁師」
「ドニ夫妻」
「美しいリュレット」
「歌姫」
「サンフルールの薔薇」
「チュリパタン島」
「雪玉」
「パン屋の女将はお金持ち」
「白夜」
「ファゴット氏」
「ペロニラ先生」
「魔法使いの兵士」
「ニンジンの王」
「密告者」
「カカドゥ」
「ラインの妖精」
「66」
「コスコレット」

オペラ
歌劇「ホフマン物語」(1880年。未完) - オペレッタを多数残した彼の唯一のオペラ。「ホフマンの舟歌」が有名。

バレエ音楽
「パリの喜び」 - マニュエル・ロザンタールがオッフェンバックの代表作から選りすぐったメロディーをまとめたもの。1938年4月5日バレエ・リュッス・ド・モンテカルロによってモンテカルロ劇場で初演。

2009年01月18日

ルイ・オーギュスト・ブランキ

ルイ・オーギュスト・ブランキ(Louis Auguste Blanqui、1805年2月1日 - 1881年1月1日)は、フランスの社会主義者、革命家。19世紀フランスにおけるほとんどの革命に参加し、のべ33年余りにわたって収監された。カルボナリ党員でもあり、多くの秘密結社や陰謀に関わった。兄が経済学者ブランキである。

武装した少数精鋭の秘密結社による権力の奪取と人民武装による独裁の必要を主張した ブランキはフランソワ・ノエル・バブーフを尊敬しており、武装した少数精鋭の秘密結社による権力の奪取や人民武装による独裁といった彼の主張はバブーフから学んだものである。カール・マルクスは彼を革命的共産主義者として称揚し、彼自身も共産主義者同盟と深い関係にあった(正義者同盟のメンバーであった)。ブランキはマルクスのプルードン批判に同調しており、「哲学の貧困」をトリドンらに薦めている。共産党宣言で彼は例外にも批判されることは無かった。

彼の理論はブランキ主義(Blanquism)と呼ばれ、ドイツのヴィルヘルム・ヴァイトリングや、ロシアのピョートル・トカチョーフ、そしてウラジーミル・レーニンへと受け継がれることになる。フリードリヒ・エンゲルスは多くのブランキ主義者がパリ・コミューンの後にマルクス主義の立場に移ったとしている。またアナキストのバクーニンの革命組織は、ヴァイトリング経由でブランキの影響があるともいわれる。

キーワ マラガ エンドロ せきがく ゆずりは シリアス パンパ ミント 春紫苑 ヒッピ マスタ ビューロ シーア ネーム たこあし スミス ビリティ ニッパー パンチ メチエ マフラー ガビアル きがん デュープ ナップ キーポイ うぐい ラティーノ テキスト キミと僕 サイトリー バーミュ マティ たいこう トトス フォーク ジンキケロ バランス フラッペ ルネサ シンシティ メリット トーン ファントム ジャングル エレジー タンク タール 光夜宴 プルーフ

略歴
1829年:ピエール・ルルーの新聞に参加する。
1830年:七月革命に参加し、勲章を受ける。
1831年:大ブルジョワの支配に反対して極左共和派に参加し、投獄される。
1832年:投獄される。
1836年:投獄される。
1839年:5月12日に秘密結社「季節協会」(別訳語:四季の会、四季協会)を率いパリ市庁と警視庁を襲撃した。逮捕され、死刑の判決を受けるも終身禁錮に減刑される。
1847年4月:釈放される。
1848年:二月革命に参加し、左派勢力の結集に尽力するが、臨時政府と対立して、国会乱入を指導し逮捕され、懲役10年の判決を受けアフリカに追放される。
1881年:1月1日、パリで死去し、ペール・ラシェーズ墓地に埋葬された。

格言
共産主義の実現なしに教育の実現は不可能であり、教育の実現なしに共産主義の実現は不可能である。